1964年生まれ。幼少時代から極真空手を習っていたが、16歳の時に見たアントニオ猪木vsウィリー・ウィリアムズという、プロレスvs極真空手の対決とその不透明な結末は興奮を覚えるとともに、暗に空手への熱意も変わる出来事となった。また周囲の実力を見ながら、徐々に自身の空手の実力の限界も感じ始めていた。

高校2年ごろから空手以外の趣味として音楽だとか漫画だとかにのめりこむが、身になることはあまりなく、時間を浪費するばかりであった。

漠然と大学進学から就職まで進路を進めるなが、社会に出たとたんにバブル景気に出くわす。今からすれば見せかけの豊かさを享受する中で、大学時代の一つ上の先輩と結婚。時代を謳歌するなか、周囲の同僚が高級住宅や美食、高級車などの購入や海外旅行を楽しむのと比較すれば、安嵜の趣味はカメラと控えめだった（もっとも当時の高品質なボディやレンズを手にしていたので、決して安いものではなかったが）。

カメラの趣味は実は偶然ともいえる形で始まっていた。同窓会で会話した繋がりで、高校の友人から安いモデルのカメラを譲り受けたが、しばらくの間は使うことはなかった。夫婦で旅行に行った際にとりあえず持っていき、そこで初めてまともにそのカメラを使ったのだが、撮影した写真はすべてピンぼけで終わった。低調に終わった旅行から帰宅したあとで妻と言い合いになる引き金になるという後味の悪いものとなったが、安嵜自身はちゃんとカメラの勉強を始めるきっかけにした。初めてピントを合わせて詳細に撮れた写真は、自分の左足の親指だった。

しかしカメラに邁進していくも、時代はバブルの崩壊へ突き進んでいった。安嵜が所属している企業も業績が悪化していき、「なんだか給料の入金が遅れ始めている」と思っていた時には遅く、倒産が発表される。

安嵜は再就職を余儀なくされるが、倒産を聞いた妻はまるでこの時を待ち構えていたかのように離婚を持ち出した。激怒した安嵜は衝動的に包丁で妻の左肩を刺し、警察が出動する事態になったが想像よりも罪が軽く済んでしまった。当然この選択は離婚を決定的にしたし、妻側は両親も含めその罪状に納得せず、安嵜に対して裁判を起こすなど泥沼化した。このバブル景気とその崩壊のなかでプライベートで遭遇した経験は安嵜のキャリアを変えるだけではなく人生観を一変させた。よい意味でも悪い意味でも。

しばらくバイトや友人のツテでの安い仕事をやりながら、以降のキャリアを決めたのはカメラだった。最初知人の子供がサッカー地区大会出場の撮影を頼まれ、撮影していく中でスポーツ関連の撮影の興味深さを見出す。バイトと並行しながら安い雑誌媒体でのカメラマンとしての仕事を低価格で引き受けていく。「低価格・大量生産」で仕事するスタイルはこの時期に出来上がったと思われ、50代を過ぎた現在でも30代のころより量は落ちたとはいえ、基本的には変わらない。現在は空手の大会の撮影仕事もたまに入るなど、幼少時代に参加していた競技をレンズ越しに見つめるようになった。

しかし一方で、安嵜の心中は根本的に被害者の感覚が抜けておらず（結婚の破綻も自身に問題があるとは思っていない）、とても裕福ではない現在もバブル景気時代を日本のベストだと信じ切っていた。

そんな鬱屈が爆発したのはSNSの普及だ。安嵜自身が日本語のインターネットに触れる時期は遅い。すでに匿名掲示板もブログブームも過ぎたあとで、仕事の連絡にとスマートフォンに買い替えたことで各種SNSに登録したことが落とし穴でもあった。安嵜の被害者にまみれた意識が爆発したのはTwitterにおける若い世代やマイノリティ側のポリティカルな発言を目にすることがきっかけだった。バブル景気時代から消費者であることが安嵜にとっての自意識に他ならず、社会への参加や変化を語るそのすべてが彼の価値感から受け入れがたいものだった。安嵜はみるみるうちにそうしたクラスタへの膨大な量のヘイトを投稿するようになる。カメラマンとしてスポーツなどを撮る仕事と裏腹な、ドス黒い彼のインターネットでの行為は彼の現在の人生の両輪となった。

独特のしゃべり方で、他人との距離感をあまり考えずに入り込むことに悪気を何も持っていない。それが対人関係の構築を難しくし、結婚生活が破綻した遠因には違いない。……かと思えばそんなことはなく、彼と同類の人間と人間関係を紡ぐことが多い。同類の人間同士による関係のおかげで本人は本人の問題に気づかないまま、いよいよ現在は還暦を迎えるところまで来ている。

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